PTT批踢踢:台湾で最も頑固な公共広場
30秒でわかる概要
1995年、台湾大学情報工学科の学生だった杜奕瑾(イーサン・トゥー)が、学生寮の一室で486パソコンを使って一つのBBSを立ち上げました。その名前が「批踢踢実業坊」、通称 PTT です。
30年後の今も、このフォーラムは telnet によるテキスト中心のインターフェースを守り続けています。それでも登録アカウント数は150万を超え、ピーク時には同時接続者数が15万人を超えました。
PTT は「鄉民」と呼ばれる独自のユーザー文化を生み、台湾のメディア環境を変え、ひまわり学生運動では重要な役割を果たしました。そして Dcard や Threads の台頭とともに、いまはユーザーの高齢化という現実にも直面しています。
486パソコン一台から始まった
1995年9月、台湾大学情報工学科2年生だった杜奕瑾は、男子寮の八号館で Slackware Linux を動かす486パソコンを使い、PTT を立ち上げました。
当時の台湾の大学には、すでに多くの BBS がありました。たとえば中山大学の NSYSU BBS や、交通大学の BS2 などです。ただし、それらの多くは大学の計算機センターによって管理され、内容にもある程度の統制がありました。
杜奕瑾が下した決定は、当時は目立たなく見えたかもしれませんが、振り返れば決定的でした。PTT は学生自治で運営し、非営利とし、商業広告は受け入れない。
この原則は、30年にわたって守られてきました。
1997年1月の時点で、PTT の登録ユーザーはまだ581人しかいませんでした。ですが、2000年代に台湾でブロードバンド回線が普及すると、PTT のユーザー数は爆発的に増えていきます。
「推」「噓」「→」という独特の評価システム
PTT を最も特徴づける設計の一つが、「推噓文」と呼ばれる反応システムです。
ユーザーは投稿に対して、三つの反応を返せます。「推」は肯定的な反応、「噓」は否定的な反応、「→」は中立的なコメントです。これらは投稿の下にそのまま表示され、リアルタイムの集団的評価を形づくります。
この仕組みは、中国語圏の BBS における初期の実装の一つで、Reddit の upvote / downvote よりも早く登場しました。
しかも Reddit と違って、PTT の「推」「噓」には ID が紐づいています。誰が何に反対したのかが見えますし、不適切な「噓」を入れれば、今度は自分が「反噓」されることもあります。
この記名性によって、「推噓」それ自体がもう一つの議論空間になりました。本文よりコメント欄のほうが面白い、ということも珍しくありません。
Gossiping板:現代台湾の世論の温度計
1999年に開設された Gossiping 板、いわゆる「八卦板」は、もともとは芸能人やエンタメの噂話をする場所でした。
しかしその後、PTT で最大かつ最も活発な板へと変わっていきます。平常時でも5000人以上がオンラインで、重大な出来事の際には1万人を超えることもありました。
八卦板が重要なのは、長年にわたり「台湾社会の空気が最も速く可視化される場所」の役割を果たしてきたからです。
ニュースが起きてから数分のうちに、第一報、懶人包(要点を整理したまとめ)、そして異なる立場の意見の衝突が並びます。記者は八卦板を取材の糸口として見てきましたし、政治関係者は世論の風向きを測る場として注目してきました。
「PTT に行って風向きを見る」という言い方は、長いあいだ台湾人の日常的な反応の一部でした。
PTT 全体には2万を超える板があり、Stock(株式)、NBA、LoL、Baseball(野球)から、Boy-Girl(恋愛)、marvel(怪談・オカルト)、joke(笑い話)まで、想像できるほとんどすべての話題をカバーしています。
それぞれの板には板主がいて、独自のルールと文化があります。軍隊のように厳格な板もあれば、市場のように雑然とした板もあります。
PTT は台湾の言葉をどう変えたのか
PTT が台湾社会に残した最も持続的な影響は、もしかすると言葉かもしれません。
PTT で生まれた表現の多くは、すでに日常会話に入り込み、PTT を使わない人でも自然に使うようになっています。
「鄉民」
PTT ユーザーたちの自称です。由来は、周星馳の映画『九品芝麻官』の「私は鄉民に混じって見物に来ただけです」という台詞だとされます。
2004年、PTT の管理者が掲示板で「見物に来ただけの鄉民は黄色い線の外へ下がってください」と書いたことをきっかけに、この言葉は皮肉からアイデンティティへと変わり、もっとも広く使われる自己呼称になりました。
「五樓」
コメント欄の5番目の投稿者、あるいはその発言を指します。初期には「5番目に神コメントが出やすい」といった感覚があり、そこから「五樓の言う通り」「五樓、どうぞ」といった定番のネタになりました。
「+1」
賛成、同意、という意味です。文字どおり「一票加える」という軽い支持表明として使われます。
「帶風向」
掲示板上で組織的に世論を特定の方向へ誘導することを指します。もともとは PTT の語彙でしたが、いまでは台湾社会全体で通じる言葉になりました。
このほかにも、「天龍人」(台北に住む人の優越感を皮肉る表現)、「業配」(タイアップ記事・ステルスマーケティング)、「懶人包」(複雑な話題を読みやすく整理したまとめ)など、PTT を越えて定着した言葉は少なくありません。
ひまわり学生運動、選挙、そして偽情報
2014年のひまわり学生運動の期間、PTT は抗議者にとって最も重要な情報集積と動員の拠点になりました。
現場の状況、物資の必要情報、法律相談まで、さまざまな情報が PTT を通じて共有されました。
このとき、多くの人が目にしたのは、1995年生まれの一つの BBS が、社会運動のなかでなお大きな力を持ちうるという事実でした。
選挙のたびに、八卦板と HatePolitics 板はいわば政治的攻防の前線になります。各陣営の支持者が「推」「噓」でぶつかり合い、政治PR会社がアカウントを買って「帶風向」をしているのではないかと疑われ、板主たちは通報対応や「水桶」と呼ばれるアカウント停止措置に追われます。
PTT の政治討論は活気に満ちていますが、そのぶん火薬の匂いも濃い場所です。
2018年、PTT は新規アカウントの審査停止を発表しました。理由の一つは、選挙期に大量の偽アカウントが偽情報の流通に関わったことでした。
この決定は新規アカウントの質を守るうえでは有効でしたが、同時に入口の扉を閉ざすことにもなりました。結果として、若い世代が入りにくくなった面もあります。
メディアとの愛憎関係
台湾メディアと PTT の関係は、きわめてねじれています。
一方で、記者たちは長年 PTT からニュースの題材を拾ってきました。「PTT の鄉民が話題にしている」という見出しは、ほとんど決まり文句のようなものです。
他方で、PTT ユーザーたちはこのやり方を強く嫌い、掲示板の投稿をそのまま記事にする記者を「キーボード記者」と皮肉ってきました。
この循環は、台湾に独特のメディア生態系をつくりました。
PTT 上の議論はニュース報道によって増幅され、報道されたニュースは再び PTT に持ち込まれて、鄉民によって批判される。そうした自己強化的な世論のループができあがったのです。
「PTT に載ったからニュースになった」出来事もあれば、「PTT の鄉民が納得しなかったために信頼を失った」ニュースもありました。
30歳のBBSが直面する現実
PTT は確実に年を取っています。
2018年の登録制限、2023年のメール認証にともなう未連携アカウントの大量整理、さらに若年層が Dcard(大学生向けの匿名フォーラム)や Threads へ移っていったことにより、PTT のアクティブユーザーは減少し続けています。
かつてテキストだけの画面は、PTT の誇りでした。読み込みは速く、検閲に強く、アルゴリズムに振り回されない。
しかし、スマートフォンで育った世代にとって、画像も動画もないフォーラムは、ほとんど異世界のようにも映ります。MoPTT や PiTT といったモバイルアプリが入口を広げたとはいえ、中心にある体験は今も文字です。
とりわけ台湾での Threads の急伸は、PTT に大きな衝撃を与えました。
ニュースが起きたとき、台湾のネットユーザーの最初の反応は、かつての「PTT に行って風向きを見る」から、「Threads を開いて、みんなが何と言っているかを見る」へと変わりつつあります。
それでも PTT は残っている
活発さは落ちたとはいえ、PTT にはなお代えのきかない場所があります。
Stock 板は台湾株の取引時間になると今でも非常に盛り上がりますし、Baseball 板には中華職棒や WBC の時期になると多くの野球ファンが集まります。Gossiping 板と HatePolitics 板も、選挙期間には依然として政治的世論の中心的な拠点です。
ですが、PTT が本当に代えがたいのは、30年にわたって蓄積してきた膨大な議論のアーカイブでしょう。
5年前の社会事件について、人びとが当時どう反応したのかを知りたいとき。10年前の製品について、生の評判を確かめたいとき。
PTT の過去ログは、台湾インターネットの集合的記憶をもっとも豊かに残す記録の一つです。
杜奕瑾は2017年にマイクロソフトを離れて台湾へ戻り、Taiwan AI Labs を設立しました。
それでも PTT 自体は今も台湾大学の学生ボランティアによって維持され、非営利で運営され、広告を売っていません。
あらゆるプラットフォームが流量と収益化を追いかける時代にあって、30年ものBBSがなおこの原則を守っていること自体、記録に値することではないでしょうか。