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オープンソースコミュニティとg0v

2020年2月、世界中でマスクの買い占めが起きていたころ、台湾のプログラマーたちは72時間で、全国13,000か所の薬局や店舗の在庫を調べられる「マスクマップ」を立ち上げました。政府の命令も、潤沢な予算もありませんでした。あったのは、コードで社会を変えられるという信念だけ。g0v(零時政府)は、そんな「政府をforkする」発想から生まれた、市民による不思議で力強い実験です。

オープンソースコミュニティとg0v

30秒でわかる概要:
2012年、台湾政府が多額の予算を投じて中身の薄い宣伝動画を作ったことに憤ったエンジニアたちは、「政府をforkしよう」と考えました。gov.tw の “o” を “0” に変え、g0v.tw にする。そこには、政府を壊すのではなく、もっと良い形を市民の手で並行して作り直すという思想が込められていました。8年後、COVID-19の流行時には、この「本業ではない」プログラマーたちが72時間でマスクマップを構築し、台湾中の人びとがリアルタイムで在庫を確認できるようにしました。これは政府の手柄というより、市民社会の勝利だったと言えるでしょう。

2012年10月のある夜、高嘉良はパソコンの前で、政府の「経済動能推升方案」という宣伝映像を見ていました。40,000,000台湾ドル以上をかけて制作されたにもかかわらず、内容はあまりに空疎で、「このお金、いっそ排水溝に流したほうがまだましではないか」と思えるほどだったのです。

その夜、彼は台湾を変えるひとつの決断をしました。
政府がうまくできないなら、自分たちでやる。

彼は政府のドメイン名 gov.tw の “o” を “0” に変えて、g0v.tw にしました。この小さな言葉遊びは、まったく新しい考え方を象徴していました。すなわち、fork the government。オープンソースソフトウェアと同じように、元の仕組みに問題があるなら、そこから分岐して、より良いものを自分たちで作ればいい、という発想です。

政府をforkする——デジタル時代の市民実験

g0vは政府を打倒しようとする運動ではありません。そうではなく、政府と並行して、オープンソースの協働によって「政府サービスは本来どうあるべきか」を作り直そうとする試みです。

2012年12月、中央研究院で第0回g0vハッカソンが開かれ、40人以上が参加しました。最初のプロジェクトは、政府の『中央政府総予算』を“PDF地獄”から救い出し、インタラクティブな可視化サイトとして作り直すことでした。

もともとの予算書は、500ページを超えるPDFです。数字と表がびっしり並び、一般の人にはほとんど読み解けません。そこでg0vのボランティアたちはデータを整理し直し、図表として可視化しました。クリックすれば、自分たちの税金がどこに使われているのかが見える。

キュレーター・ノート
g0vの最初のプロジェクトが政府予算の可視化だったのは偶然ではありません。予算とは民主政治の核心です。政府が市民のお金を何に使っているのかを、市民は知る権利があります。ところが従来の予算書は、むしろ「読ませない」ために作られているかのようでした。g0vはテクノロジーで、その「意図された不透明さ」を破ったのです。

この小さな実験は、ひとつの事実を証明しました。
政府がやらないことは、不可能だからではない。ただ、やる人がいなかっただけなのです。

318学運(ひまわり学生運動)——市民テクノロジーの火力展示

2014年3月18日の夜、学生たちは立法院を占拠しました。翌朝になると、g0vのボランティアたちは現場に現れます。抗議をしに来たのではありません。インフラを作りに来たのです。

誰かが命令したわけでも、指揮系統があったわけでもありません。
g0vコミュニティの参加者たちは、自発的に次のようなことを行いました。

  • リアルタイム中継:複数カメラによるライブ配信を構築し、世界中から議場内の状況を見られるようにした
  • 情報の統合:hackfoldr を用いて、ネット上のさまざまな情報を収集・整理・検証した
  • 群衆協働:共同編集の仕組みを整え、現場にいない市民も資料収集やファクトチェックに参加できるようにした
  • 対外発信:多言語での即時翻訳を提供し、海外メディアが抗議の背景をすぐ理解できるようにした

24日間の占拠期間、全編が高画質で配信され、途切れなかった。
2014年という時点では、これは驚異的な技術的達成でした。Facebook Liveはまだ広く使われておらず、YouTube配信も一般的ではなかった時代に、g0vのボランティアたちはオープンソースの道具を組み合わせ、プロの報道機関以上に安定した中継システムを作ってみせたのです。

さらに重要だったのは、そこに「透明性」の力があったことです。ライブ配信があったことで、議場の中で何が起きているのかを誰もが直接見られるようになり、政府や既存メディアが事実を歪める余地は小さくなりました。この「テクノロジーで権力を監視する」モデルは、その後、各地の市民運動にも大きな示唆を与えました。

マスクマップ——72時間の奇跡

2020年2月初旬、COVID-19が台湾でも緊張を高めていました。政府は実名制によるマスク配給政策を発表し、1人あたり週2枚まで購入できるようにしました。ですが問題はすぐに見えてきます。
どこへ行けば買えるのか。どの薬局に在庫があるのか。

2月6日、デジタル政策を担っていた唐鳳(オードリー・タン。g0vの創設メンバーのひとりでもあります)が、台湾全土13,000か所の契約薬局などのマスク在庫データを、30分ごとに更新して公開すると発表しました。

2月8日、最初のマスクマップが公開。
2月9日には、100種類を超える派生版が生まれていました。

これは政府がIT企業に発注した案件ではありません。台湾中のプログラマーたちが、自発的に「残業」した結果でした。
みんなが防疫に貢献したいと思っていて、プログラマーにできることがコードを書くことだったのです。

特に人気を集めたものとしては、次のような版がありました。

  • 台灣口罩地圖 by Howard Wu:シンプルで見やすい地図インターフェース
  • 還有口罩嗎 by kiang:薬局レビューや営業時間の情報も統合
  • 口罩哪裡買 by Finjon Kiang:音声検索に対応

わずか72時間で、台湾には世界でもっとも実用的なマスク在庫検索システムのひとつが整いました。他国の人びとが行列に並んで手探りで買い求めていたとき、台湾ではスマートフォンで最寄りの薬局の残数を確認できたのです。

⚠️ 論点のある見方
こうした動きに対して、「政府が責任をボランティアに外注しただけではないか」と批判する声もありました。民間が無償で政府のためにシステムを作らされている、という見方です。
しかしg0vコミュニティの側の応答は明快でした。自分たちは政府に利用されたのではなく、自らの専門性を社会に返すことを主体的に選んだのだ、と。しかも、オープンソースで生まれたマスクマップは、政府単独で作るよりも使いやすく、革新的で、利用者の需要に近いものでした。

オープンソース協働の魔法

g0vの仕組みは驚くほどシンプルです。
上司もいない。社員もいない。予算もない。オフィスもない。
あるのは、技術で社会課題を解きたいと思う人たちと、オープンソースで協働する文化だけです。

ハッカソン文化

g0vでは、およそ2か月に1度「大松」と呼ばれる大型ハッカソンを開きます。参加者はその場で提案し、チームを作り、すぐ手を動かします。流れは次の通りです。

  1. 3分間ピッチ:誰でも壇上に立ってアイデアを提案できる
  2. 自由にチーム形成:興味を持った人がプロジェクトに加わる
  3. その場で実装:当日中に手を動かし始める
  4. 成果発表:午後にその日の進捗を共有する

誰も拒まれず、どんなアイデアも最初から否定されません。
唯一の条件は、そのプロジェクトがオープンソースであること。そうすれば、別の誰かが続きを引き継ぎ、改善していけます。

協働のための道具

  • Slack チャンネル:日常的な相談や情報共有
  • GitHub:コード管理とバージョン管理
  • HackMD:共同編集ドキュメントと会議記録
  • Trello:プロジェクト管理と進捗追跡

3つの核となる精神

  1. オープンであること:コード、データ、文書を公開する
  2. 分散していること:固定的なヒエラルキーを持たず、誰でも始められる
  3. 実装を重んじること:「Talk is cheap, show me the code」

豆知識
g0vコミュニティには、ハッカソンのたびに「小さなリス」のステッカーを用意する伝統があります。初参加の人はそのステッカーをもらえます。そこには、「初心者でも大歓迎」「リスがどんぐりを少しずつ集めるように、小さな貢献にも意味がある」というメッセージが込められています。

重要プロジェクトと社会への影響

8年あまりのあいだに、g0vコミュニティは何百ものプロジェクトを生み出してきました。その多くは、政府の政策や社会の動きに直接的な影響を与えています。

立法院の議事透明化

かつて立法院議事録は文字中心で、一般の人には、立法委員が議会で何をしているのかが見えにくいものでした。そこでg0vのボランティアたちは、「立法院議事透明化」プラットフォームを立ち上げ、次のような情報を見える化しました。

  • ライブ配信:立法院の会議をリアルタイムで視聴できる
  • 発言記録:各立法委員の発言内容や統計を検索できる
  • 投票記録:重要法案に対する投票結果を確認できる
  • 法案追跡:法案が提出されてから三読通過までの流れをたどれる

その結果、立法委員たちは自分の「データ」を意識し始めました。
出席率、質疑回数、提案件数。以前はあまり可視化されていなかった数字が、誰でも見られる形で並ぶようになったのです。民意の代表たちは、自分たちの振る舞いが常に監視されていることを自覚し、行動も変わり始めました。

vTaiwan——デジタル民主主義の実験

2014年、g0vは政府と協力し、vTaiwan という政策参加プラットフォームを立ち上げました。これは、市民がオンライン上で政策形成に参加するための実験です。

最もよく知られた事例が、Uberをめぐる対立でした。

2015年、Uberの台湾進出は既存のタクシー業界から強い反発を受けました。通常であれば、政府が一方的に結論を出して終わるところです。ですが vTaiwan は第三の道を用意しました。すべての利害関係者がオンライン上で議論し、互いの立場を見える化しながら、妥協点を探るのです。

数か月に及ぶオンライン討論と対面ワークショップの末、最終的には「多元計程車」という新しい制度が形になりました。これは既存タクシーの権益を守りつつ、新しいサービスモデルの存在も認める仕組みでした。
台湾で初めて、「デジタル民主主義」で政策対立を解いた事例だったと言えるでしょう。

開かれた政府を押し動かした力

g0vの働きかけは、台湾政府の制度にも直接影響を与えました。

  • 2012年:政府予算可視化プロジェクトが、予算データの公開を後押しした
  • 2013年:立法院透明化プロジェクトが、議事中継の制度化を促した
  • 2014年:ひまわり学生運動後、政府は《政府資訊公開法》改正の推進を約束した
  • 2015年:vTaiwan が正式な政策参加チャネルとして位置づけられた
  • 2016年:唐鳳がデジタル担当政務委員となり、g0v的な経験が政府内部に入った

国際的な影響とつながり

g0vの経験は台湾の内側だけにとどまりません。世界中のシビックテック運動にも影響を与えてきました。

Code for All ネットワーク

g0vはCode for All 国際ネットワークの創設メンバーのひとつであり、日本の Code for Japan、韓国の Code for Korea、アメリカの Code for America などと緊密に連携しています。

2019年には、g0v summit が台北で開催され、30か国以上からシビックテック・コミュニティが集まり、経験と技術を共有しました。

パンデミック期の国際協働

2020年のパンデミック期には、g0vのマスクマップの経験が各国で参照されました。

  • イタリア:ローマ版マスクマップ
  • ドイツ:ベルリン版マスクマップ
  • アメリカ:PPEマップ(個人用防護具)
  • 韓国:마스크맵(mask map)

g0vのボランティアたちは、他国が類似システムを作る際にも積極的に協力し、台湾の防疫テクノロジーの経験を世界へ共有しました。

課題とこれから

g0vは「上司のいない組織」であるがゆえに、あらゆるオープンソース・コミュニティが抱える課題とも向き合っています。

プロジェクトの持続可能性

g0vのプロジェクトの多くは、強い問題意識から一気に立ち上がります。その一方で、長期保守は必ずしも得意ではありません。マスクマップも、パンデミック期にはきわめて活発でしたが、流行の収束とともに維持する人が減っていきました。
良いプロジェクトをどう持続させるか。これはg0v最大の課題のひとつです。

参加者の疲労

8年にわたる高密度のボランティア参加は、初期メンバーの一部に疲労をもたらしました。新しい参加者をどう呼び込み、どうすれば無理なく続けられる形にできるのか。これはどのコミュニティにとっても避けて通れない問いです。

政府との距離感

g0vと政府の関係は微妙です。協力もするし、監視もする。政府がオープンソースやデジタル民主主義を積極的に取り入れるほど、g0vの「対抗者」としての輪郭は曖昧になります。協働しながら独立性と批判精神を保つことは、簡単ではありません。

偽情報と情報戦

情報戦の時代には、「開かれていること」それ自体が悪用されることもあります。透明性を守りながら、偽情報の拡散経路にならないようにするにはどうすべきか。これは新しい時代の難題です。

いまも続いている実験

2012年、高嘉良が gov.tw を g0v.tw に変えた瞬間、彼がしていたのは、政府への不満を表明することでした。けれど12年後、g0vは台湾民主主義の一部となり、世界のシビックテック運動を語るうえでも外せない存在になっています。

この実験が示したことは、少なくとも4つあります。

  1. 技術は商業的利益のためだけでなく、市民参加のための道具にもなりうる
  2. 政府の効率性そのものより、まず透明性が重要である。透明性は結果として効率も生む
  3. 小さな怒りでも、手を動かせば世界を変えうる
  4. 「政府をforkする」とは政府を打倒することではなく、もっと良い可能性を示すことだ

民主主義が各地で後退しつつある時代に、g0vは私たちへこう問いかけます。
市民は政府の利用者ではなく、共同のつくり手ではないか。

政府がうまくできないことは、自分たちでやってみればいい。
政府がうまくやっていることは、もっとよくできるよう手を貸せばいい。

これは終わった革命ではありません。いまも続いている実験です。
ハッカソンのたびに、新しいプロジェクトのたびに、ひとつひとつのコードの行が、同じ問いに答え続けています。
デジタル時代の民主主義は、どんな姿を取りうるのか。

その答えは、まだ書かれている途中です。
そして、そこに加わろうとする一人ひとりが、その答えの共同執筆者なのです。

参考資料

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