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王齊麟と李洋(麟洋ペア)

中学時代の同級生からオリンピック金メダリストへ。「麟洋ペア」は34分で中国ペアをストレートで下し、台湾バドミントン史上初の五輪金メダルをつかんだ。

王齊麟と李洋(麟洋ペア)

30秒でわかる概要: 2021年7月31日、男子バドミントンダブルスの「麟洋ペア」は東京オリンピック決勝でわずか34分、21-18、21-12のストレートで中国ペアを破り、台湾バドミントン史上初のオリンピック金メダルを獲得しました。中学時代の同級生だった2人は、その後世界王者となり、2024年のパリオリンピックでは連覇も達成しました。

2021年7月31日午後7時30分、東京・武蔵野の森総合スポーツプラザ。試合時間は34分で止まりました。

王齊麟の強打がコートに突き刺さると、中国ペアの李俊慧・劉雨辰がチャレンジを要求します。判定はイン。スコアは21-18、21-12。その瞬間、2人は抱き合って涙を流し、台湾中が歓声に包まれました。

これは単なる1勝ではありませんでした。台湾バドミントン史上初のオリンピック金メダルであり、2人の中学時代の同級生が書き上げた、ひとつの伝説の始まりでもあったのです。

それぞれの出発点

王齊麟:台北で育ったパワーヒッター

王齊麟は1995年1月18日、台北市に生まれました。身長185センチの長身を生かしたプレーは、コート上でひときわ大きな存在感を放ちます。バドミントン一家の出身ではありませんが、早くから優れた運動能力を発揮し、将来を期待される選手でした。

彼の最大の武器は、圧倒的な破壊力を持つスマッシュです。球速は時速320キロを超えることもあり、その一撃は相手に大きなプレッシャーを与えます。ジュニア時代から、同世代の中でもとりわけ攻撃力に優れた選手として知られていました。

李洋:バドミントン一家で育った技巧派

李洋は1995年5月13日、台北市生まれ。戸籍上は金門県金寧郷に籍を置いています。父の李峻淯は元バドミントン選手で、李洋はまさにバドミントン一家の二代目として育ちました。幼い頃から家族とともに練習を重ね、自然と競技に親しんでいきます。

もともとはハンドボールにも取り組んでいましたが、その後バドミントンへ転向しました。王齊麟が力で押し切るタイプだとすれば、李洋は感覚と技術で勝負するタイプです。繊細なネットプレー、状況判断の巧みさ、そして相手の攻撃を受け止めながら次の一手につなげる構成力に長けていました。

中学時代の同級生だった2人

2人の縁は、台北市立中山国民中学までさかのぼります。中学時代から同級生ではありましたが、この時点ではまだペアではありませんでした。王齊麟は攻撃力を磨き、李洋はプレーの精度や試合運びを磨く――それぞれ異なる道を歩んでいたのです。

高校3年生のころ、李洋は思うような結果が出ず、一時は競技を離れることも考えました。実際に台北商業大学の企業管理学科へ進学しますが、その後ふたたびラケットを握ります。ここから、2人のキャリアは少しずつ重なり始めました。

「麟洋ペア」の誕生

2017年、試行錯誤のなかで始まった新しい組み合わせ

2017年、コーチ陣は男子ダブルスの新たな可能性を探るなかで、さまざまな組み合わせを試していました。王齊麟はそれ以前、陳宏麟とのペアで世界ランキング4位まで上りつめていましたが、さらに高い完成度を目指し、李洋との新ペアが試されることになります。

ただし、この組み合わせは最初からすべてが噛み合っていたわけではありません。後衛から主導権を握りたい王齊麟と、前衛で技術を発揮したい李洋。持ち味が明確だからこそ、立ち位置やローテーションの調整には時間がかかりました。

補い合うことで完成した戦術

長い時間をかけて磨かれた末に、「麟洋ペア」は非常に明確な役割分担を持つチームへと成長していきます。

攻守の切り替えでは、李洋が前衛で守備とつなぎを担い、相手の攻撃をしのぎながら反撃の糸口をつくります。そこに生まれたわずかな隙を、王齊麟が強烈なスマッシュで一気に仕留めます。

心理的な呼吸の一致も、このペアの大きな強みでした。王齊麟は「李洋がいつ球を譲るか分かるし、李洋も自分がどの角度から打ち込もうとしているか分かっている」と語っています。言葉を交わさずとも意図が通じるような連携は、長年の積み重ねがあってこそ生まれたものでした。

技術面の相互補完も見逃せません。王齊麟のスマッシュは威力だけでなくコースの精度も増し、李洋のネットプレーはより繊細さを深めていきました。力と技、後衛と前衛、突破力と構成力。その対照的な持ち味が、むしろこのペアを唯一無二の存在にしていったのです。

東京オリンピック:34分間の奇跡

「死の組」からの生還

東京オリンピックで、麟洋ペアは世界ランキング3位として大会に臨みました。実力は十分に評価されていましたが、組み合わせには恵まれず、グループリーグではいわゆる「死の組」に入ります。初戦ではインドネシアのペアに敗れ、決勝トーナメント進出すら危ぶまれる状況に追い込まれました。

しかし、この敗戦が2人を崩すことはありませんでした。むしろ、ここで気持ちを立て直したことが、その後の快進撃につながっていきます。残るグループリーグ2試合では戦い方を修正し、持ち味である前後の分業をより明確にしたことで、最終的にグループ2位で決勝トーナメント進出を決めました。

ノックアウトラウンドで見せた逆襲

決勝トーナメントに入ってからの麟洋ペアは、試合を重ねるごとに完成度を高めていきました。

準々決勝・対マレーシアでは、第1ゲームで苦しい展開を強いられながらも、そこから立て直して逆転勝利。
準決勝・対インドネシアのアッサン/セティアワンでは、世界トップ級の実績を持つ相手に対し、粘り強く戦って2-1で勝利しました。
そして決勝・対中国の李俊慧/劉雨辰。ここで2人は、大会を通じてもっとも完成度の高いパフォーマンスを見せることになります。

強敵を次々と破ったことで、麟洋ペアは単なる勢いのあるペアではなく、「本当に金メダルを取るに値するチーム」であることを証明していきました。

決勝、34分で歴史を変えた夜

2021年7月31日夜、東京・武蔵野の森総合スポーツプラザ。決勝の相手は、中国の長身ペア、李俊慧/劉雨辰でした。

第1ゲームは21-18。緊張感のある展開のなかでも、麟洋ペアは慌てることなくラリーを組み立て、要所で王齊麟の強打が決まりました。
第2ゲームに入ると流れは完全に台湾側へ傾きます。李洋が前衛で相手のリズムを崩し、王齊麟が後衛から鋭く打ち抜く。理想的な形が何度も決まり、スコアは21-12。試合時間はわずか34分でした。

最後の一球がコートに収まった瞬間、中国ペアはチャレンジを要求します。判定はイン。王齊麟と李洋は抱き合って涙を流し、台湾バドミントン史上初のオリンピック金メダルが誕生しました。

この勝利は、単に1つのタイトルを獲得したというだけではありませんでした。長いあいだ待ち望まれていた台湾男子バドミントンの歴史的突破であり、「麟洋ペア」という名前が台湾スポーツ史に刻まれた瞬間でもあったのです。

パリオリンピック:連覇という証明

2024年、再び試された真価

東京で金メダルを獲得したあと、麟洋ペアは常に「王者」として見られる存在になりました。だからこそ、2024年のパリオリンピックでは、3年前とは違う難しさがありました。年齢を重ねたこと、コンディションへの不安、そして若い世代の台頭。2人に再び頂点へ立てるのかという視線は、決して小さくありませんでした。

それでも、麟洋ペアは経験と連携の強さを武器に戦い抜きます。そしてパリでも金メダルを獲得し、オリンピック連覇を達成しました。これは台湾バドミントンにとって、単発の奇跡ではなく、確かな実力による到達点だったことを示す結果でもありました。

李洋の引退と、それぞれの次の道

パリオリンピック後、李洋は現役引退を表明しました。原文では、李洋が以前から引退を意識していたこと、そして今後は若い世代へ経験を受け継いでいきたいという思いが示されています。

一方で、王齊麟は現役を続け、新たなパートナーとともに次の挑戦へ進んでいきます。つまりパリでの金メダルは、「麟洋ペア」という物語の完結であると同時に、それぞれの新しい章の始まりでもあったのです。

技術的完成度:なぜ「麟洋ペア」は強かったのか

麟洋ペアの強さは、単に「スマッシュが強い」「守備が安定している」といった単純な言葉だけでは説明できません。2人の最大の武器は、役割分担が極めて明確でありながら、その切り替えが非常に滑らかだったことにあります。

王齊麟は後衛から試合を動かす選手です。高い打点から放たれるスマッシュはもちろん、相手を下げたあとにもう一段攻撃を重ねる力がありました。強打だけに頼るのではなく、ラリーの流れを読みながら、どこで一気に仕留めるかを判断できるのも大きな強みでした。

一方の李洋は、前衛で試合の構図を整える選手でした。ネット前での細かなタッチ、相手の返球を浮かせるプレッシャー、守備から攻撃へのつなぎ。そのどれもが非常に高い水準にあり、王齊麟が最も力を発揮できる形をつくっていました。

つまり麟洋ペアは、李洋が前で局面を設計し、王齊麟が後ろで決定打を放つという構図を高い完成度で実現していたのです。しかもこの分業は固定的ではなく、ラリーの流れのなかで自然に入れ替わることもできました。この柔軟さこそが、世界の強豪相手にも通用した理由でした。

台湾社会に残したもの

麟洋ペアの功績は、金メダル2個という結果だけでは測れません。彼らは、台湾の人々に「バドミントンで世界の頂点に立てる」という具体的なイメージを与えました。

東京オリンピックでの優勝は、多くの人にとって忘れがたい集団的記憶となりました。試合直後、2人が見せた喜びの表情や、いわゆる「聖筊」を思わせるポーズは、単なる勝利の場面を超えて、台湾らしい文化的な記憶としても広く共有されました。

さらに2人の存在は、若い世代の選手たちにとっても大きな道しるべとなりました。かつては遠い存在に思えたオリンピックの頂点が、台湾の選手にも現実的に届く場所なのだと示したからです。特に男子ダブルスにおいて、麟洋ペアが切り開いた道の意味は非常に大きいと言えるでしょう。

「伝説」になった同級生ペア

中学時代の同級生だった2人が、長い時間をかけて互いを補い合う存在となり、ついにはオリンピックを連覇する――。麟洋ペアの物語が多くの人の心をつかんだのは、そこに単なる競技成績以上の物語があったからです。

王齊麟の爆発力と、李洋の緻密さ。対照的な個性は衝突するのではなく、むしろ互いの長所を最大限に引き出し合いました。その積み重ねが、東京での金メダルとなり、さらにパリでの連覇へとつながっていったのです。

李洋は引退し、麟洋ペアという形はひとつの区切りを迎えました。しかし、2人が台湾スポーツ史に残した足跡は消えることがありません。彼らは金メダリストであるだけでなく、台湾の人々に長く語り継がれる「伝説のペア」になったのです。

参考資料

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