台湾の農業と農村再生
宜蘭県三星郷のネギ畑で、33歳のUターン青年がスマートフォンで収穫の様子をライブ配信し、オンライン視聴者に有機三星ネギの栽培のコツを紹介しています。画面の向こう側では、台北の消費者がすでに注文を予約しています。この光景は50年前には想像もできませんでした――当時の農民は米の生産過剰に悩み、青年たちはこぞって故郷を離れ工場で働いていました。現在、台湾の農業は「量産型稲米王国」から「精巧農業の模範」へと変貌し、農村も人口流出で衰退した片隅から、創造性と持続可能性が共存する新たな天地へと再生しました。
台湾の農業用地は国土面積のわずか24%しか占めていませんが、年間産値5,400億台湾ドルを超える成果を生み出しています。農業就業人口はわずか3%に過ぎませんが、その背後には600万人の生計に関わる完全な産業チェーンが存在します。
なぜこの件が重要なのか
農業は単なる産業ではなく、台湾の文化と生態の根幹です。日治時代の蓬萊米の品種改良、戦後の土地改革から現在の精巧農業に至るまで、台湾の農業発展史はまさに社会変遷の歴史そのものです。世界が食糧安全保障の課題に直面する中、台湾の農業転換の経験――限られた土地で高付加価値を実現する方法、コミュニティづくりを通じて農村を再生する方法――は、多くの開発途上国にとって貴重な参考となっています。
稲米王国から精巧農業へ
1950-1980:稲米王国の黄金時代
土地改革の基礎:
1949~1953年の土地改革により、日治時代の大地主制は「耕者有其田」に改められ、農民の生産意欲が喚起されました。優良な蓬萊米品種の普及と相まって、台湾の米の生産量は急速に向上しました。